最近はまた夜は思考を巡らし色々な考え事から眠りが少ない、まるで瞑想の時間となってます。
年齢的なものでしょうか?うたた寝を変な時間にしてしまうと夜中2時くらいに目が覚めそこから数時間下手すれば朝まで起きてしまうハメとなります。
逆に、うたた寝をせずにそのまま午前2時や3時に寝るハメとなり、約3時間睡眠にて朝となります。
時間をもっと有効に活用すればいいのでしょうが…多分、今は「動」ではなく「静」として座禅という瞑想の修行かもしれませんね。
段々と年齢を重ねていき人は必ず終わりが来ます。
それは肉体的終焉です。
魂は輪廻しますので死にません。
お釈迦様の悩み…生老病死
私が小学高学年にて考えていた疑問
人は何故に生まれてくるのか?
泣いてこの世に産まれて四苦八苦させられる訳です。
人生が楽しくてしょうがないと言える人は果たしているのでしょうか?
おそらく居ません。生きていく事とは易しくはないからです。もちろん長い人生には、喜びや悲しみと言った「喜怒哀楽」を味わいます。最期に沢山苦労はしたけど…いい人生だったと思えるような人生だといいかと思います。
人は何故に生まれてくるのでしょう
耐えれずに自らに審判をくだす人もいれば、若くして病気に苛まれ苦しみを味わう人生を送る人、また不慮の事故にあいこの世と別れなければならない人
これらを考えた時…
人は何故に死ぬのでしょう…不老不死の肉体はありません。不老不死の魂
生まれてくるのには、やはりひとりひとりに与えられた使命(役目)があると思うのです。
四苦八苦とは…煩悩
4×9=36 8×9=72 足せば108
108の煩悩 数珠の数は108
この考えに行き着き、私が心底な力を発揮する御経の読経は108だと思っています。
力なくば威力なし!!
私はある時期に、毎晩108の般若心経やら数種類の御真言を唱えた時があります。無心に「祈る」と言った修行だったのかもしれません、いえ無心というよりも助けたい一心で唱えました。あの時よりももっと過去に(30年昔)夜から朝方までずっと「龍神祝詞」を唱え続けた事もありました。龍神祝詞はやはり強いのですが…あの時はあの若さでやり過ぎてますから、かなり自分自身のエネルギーが落ちた事を実感しました。
母が、くも膜下出血で意識不明の重体にて発見されたのは倒れてから2日間経過して病院に運ばれました。流石にもう駄目なのかと…思いながら一夜を小さな病院で過ごし翌朝大学病院に転院し手術を3回そこから意識回復まで約1ヶ月程かかりました。
医者からは意識は戻らないかも(植物人間)と言われてました。しかしながら意識も戻りそこから懸命なリハビリを受け歩けるまで回復しました。
そこから約30年程経過して…令和7年春に心不全となり…この時ももう駄目なのかと思いましたが、唱えれる御経の種類はあれから増えてますので。
この時も、持ち直してくれました。高齢でもあり持病もあるため予後の経過は良好ではありませんでしたが…そこから10ヶ月後に母は此の世を旅立ちました。余命宣告が1週間から10日と言われ、面会時間も制限なしとなり、病室では、母との貴重な時間を過ごせました。母にも余命宣告を伝え、死後どうするかなどの意思も確認しました。毎日病室に行き母の好きな音楽を流します。私はその間は静かに御経を唱えます。(苦しまずに楽に最期を迎えてもらうためです。)どんなに足掻いたとしても人は最期には寿命が来るのですから、あとは観音様と御先祖にお願いするのみとなります。(私の場合は龍神様にも)
そうして、もうすぐ母の1周忌となります。
親孝行したい時には親はなし
母曰く、私が余命を伝えてから数日後
「最初は怖かったけど…今はもう覚悟できたけん」
そして、私に世話になったね、ありがとうと
また、翌日には、言ったかな?世話になったね、ありがとうと伝える母でした。
亡くなった時に(夕方に眠るように亡くなり看護師さんが気付いたのも遅かったのです。その日に限り翌日が早朝なる仕事のため帰宅)、母に対して最期に心底「産んでくれてありがとう」と…そこから四十九日まで毎日数種類の御経を108唱え供養をさせていただきました。
人は此の世では必ず罪を犯しています。母には多分真っ暗な世界だからね、しかし小さな光があるからそこに必ず歩いて行ってよと伝えてました。
納棺の際には、20㌢程の木彫りの観音像を母と一緒に歩いてもらうために、そして御朱印帳を母の胸の上に、そして大好きな音楽CDを1枚…
亡くなってから本当にわかる親の有難み。
人は泣きながら生まれて四苦八苦して足掻きもがき人生の荒波に揉まれながらも、寿命というお迎えがきます。
私は、先代の遺志を継ぐために今を生きながら言われた使命を果たし最期には先代のように大観音のお迎えを受けて、あがりたいと思います。
